東京高等裁判所 平成9年(ネ)2951号 判決 1997年12月25日
《住所略》
控訴人
久保田一三
東京都千代田区霞が関1丁目4番2号
被控訴人
日本住宅金融株式会社
右代表者清算人
上野正彦
右訴訟代理人弁護士
元木祐司
同
上野保
主文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す。
2 平成8年6月27日開催の被控訴人の第25期定時株主総会における被控訴人の営業の全部を譲渡する旨の決議及び被控訴人を解散する旨の決議の取消し並びに解散及び清算人の報酬を定める新設定款の条項の削除をせよ。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文と同旨
第二 事案の概要
事案の概要は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第二(原判決2頁10行目冒頭から同18頁5行目末尾まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決の補正
原判決7頁8行目の「本件総会当時は、その審議中であった。」を「平成8年6月18日の参議院本会議において可決成立した。住専処理法は、同月21日に公布・施行され、同月26日、同法に基づく債権処理会社として株式会社住宅金融債権管理機構が設立された。」に改める。
二 当審における主張
1 控訴人
本件各決議は、住専処理法を前提とするものであるところ、同法は、被控訴人を含む住専7社の歴代経営陣、役職員の刑事上、民事上その他一切の責任の所在を曖昧にし、それらの者を保護することを目的とするもので、憲法14条1項に違反する法律であるから、かかる違憲の法律を前提としてされた本件各決議は取り消されるべきである。
2 被控訴人
住専処理法は、母体行及びそれらの役職員を保護することを目的とするものではなく、憲法14条1項に違反するものではない。
第三 証拠関係
証拠関係は、原審記録中の書証目録及び証人等目録並びに当審記録中の書証目録各記載のとおりであるから、これを引用する。
第四 当裁判所の判断
一 当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないものと判断するが、その理由は、次のとおり補正、付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第三(原判決18頁7行目冒頭から同23頁6行目末尾まで)記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決20頁3行目の「支援をなすべき」を「支援や農林系からの借入分について肩代り返済をすべき」に改め、同頁末行冒頭から同21頁5行目末尾までを削除する。
2 控訴人の当審における主張について
控訴人は、住専処理法が憲法14条1項に違反する旨主張するので、検討するに、そのことが本件各決議の取消事由になり得るかどうかはさておき、住専処理法は、住専が回収困難な多額の貸付債権等を有し多額の借入債務の返済に困窮している状況の下で、住専の債権債務の処理を促進する等のため、預金保険機構に、住専から財産を譲り受けてその処理等を行う会社を設立し、同会社に対し資金援助等をする業務を行わせること等により、信用秩序の維持と預金者等の保護を図り、国民経済の健全な発展に資することを目的として(同法1条参照)、預金保険機構の行う業務の内容、債権処理会社の義務、政府による財政上の措置等を定めたものであって、控訴人が主張するように住専の歴代経営陣ないし役職員の民事上、刑事上の責任を減免するなど、それらの者を保護するものでないことは明らかであるから、控訴人の違憲の主張は、その前提において失当であり、理由がないというべきである。
二 よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民事訴訟法95条、89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 佐藤久夫 裁判官 池田亮一)
●控訴人側「控訴の理由」と題する書面(平成9年6月27日付)
控訴の理由
平成9年(ネ)第2951号 株主総会決議取消請求控訴事件
控訴人 久保田一三
被控訴人 日本住宅金融株式会社
右両当事者間における御庁平成9年(ネ)第2951号株主総会決議取消請求控訴事件(第16民事部係属)における控訴人の控訴の理由は以下の通りである。
[Ⅰ]
商法第247条1項3号にいう「特別ノ利害関係」とは、当該株主総会決議の内容について、ただ単に株主としての資格を離れた個人的な利害関係(利益又は不利益を受ける関係)を有するといった極めて狭義な解釈に止まる事無く、更により広義に当該株主総会決議の内容について経済的その他の特別の利益を有し、他の一般株主の利益を損うといった関係を有する利害関係全般の事をいうと解釈すべきである。
そこで御庁平成9年(ネ)第2951号株主総会決議取消請求控訴事件第16民事部係属(以下、「本件控訴」という。)に即して検討するに株式会社三和銀行、株式会社さくら銀行を始めとする日本住宅金融株式会社(以下、「被控訴人会社」という。)の母体行計9行は平成8年6月27日開催における被控訴人会社第25期定時株主総会(以下、「本件総会」という。)時における被控訴人会社への出資状況を見ても総計30.64%といった莫大な割合を占め(甲第5号証)、その役員構成を見ても12名中11名が母体行出身者であった(甲第8号証)といった事実に止まる事無く、以下に述べる理由からも明らかに「特別の利害関係」を持った株主である事は明白である。
(一)、経済上の理由
第1審判決文二争点(原告)1(一)(9頁乃至10頁に記載)の通り。
(二)、その他の理由
第1審判決文二争点(原告)1(二)(10頁乃至11頁に記載)の通り。
(三)、以上(一)、(二)により被控訴人会社の母体行計9行は明らかに商法第247条1項3号にいう特別の利害関係を持った株主である。第1審判決文二争点(原告)1(三)(11頁乃至12頁に記載)の通り。
(四)、憲法第14条第1項が定めた法の下の平等に明らかに違反する住専処理法の影響による理由。
本件控訴における被控訴人会社の本件控訴各決議(後に詳細は記載)の成立については今迄主張して来た「特別の利害関係」の解釈及び適用を行う際に混乱をきたす法律、即ち住宅金融専門会社(以下、「住専」という。)8社のうち被控訴人会社を含む住専7社に対する総額6850億円にも及ぶ国民の税金を投入し、その上被控訴人会社を含む住専7社及びその全母体行の現旧経営陣に対する刑事上、民事上その他一切の責任の所在をあいまいにしてしまう効果を持った憲法第14条1項が定めた法の下の平等に明らかに違反する重大な欠陥を伴った特別措置法の存在が大きく係わっている。
その重大な欠陥を伴う特別措置法こそ平成7年12月19日に閣議決定した「住専処理問題の具体的な処理法策について」(以下、「住専処理スキーム」という。)に基づき平成8年6月18日に参議院を通過し、成立に至った「特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法」平成8年法律第93号(以下、「住専処理法」という。)である。
第1審判決における裁判所による「特別の利害関係」の解釈及び適用は住専処理スキームに基づき成立した住専処理法が重大な法令違反、即ち憲法第14条第1項が定めた法の下の平等に違反したものである事を一切無視し、住専処理法を合法的な法律と勝手に決め付け、それを前提として下した判決であり控訴人久保田一三(以下、「控訴人」という。)はかかる判決に付ては断固として反論する。
そもそも住専とは日本国内に数万社あると言われるノンバンク(預金業務を取扱えない貸金業者)の中の僅か8社に過ぎず住専処理法の恩恵を甘受出来たのは被控訴人会社を含むそのうちの7社に過ぎない。
控訴人が無条件に第1審判決の前提とされた住専処理法を憲法第14条1項が定めた法の下の平等に明らかに違反した法律である事を主張するのは、僅か7社の為に国民の血税である6850億円が投入され、かつ一般企業であれば厳しく追求されるはずの歴代経営陣の刑事上、民事上その他の責任の所在をあいまいにする効果を持つ言わば政治的、経済的又は社会的関係に於て力を持った一部の人間のみが特別扱いされ、これは即ち社会的身分による差別に該当する法律だからである。
又、結果的に住専処理スキームに基づく債権処理会社、即ち株式会社住宅金融債権管理機構(以下、「管理機構」という。)の社長に正義感の強さで有名な元日弁連会長の中坊公平氏の起用が内定したのは住専処理法が成立した直前の平成8年6月24日であり、それまでは母体行の構成の中心をなすところの都市銀行頭取OB等言わば身内の人間を社長に充てようと企てていたといった有様であった。
また、管理機構がいくら厳格で知られる「鬼の中坊」を社長に迎え入れたところで所詮民間企業である事には変わりは無く国家権力を伴った強制捜査機関にはなり得ない。国家権力を伴った強制捜査機関であるところの預金保険機構は住専問題についてはあくまで管理機構のサポート役でしかないのが現実である以上、住専処理法がいかに住専7社並びにその母体行を経済的その他責任回避の面でどれだけ保護している法律であるかは一目瞭然である。
以上が被控訴人会社を含む住専7社の処理を強行する事により控訴人を始めとする会社のオーナーである株主のみならず広く国民全般迄をも巻き込み害を撒き散らしている住専処理法が憲法第14条1項が定めた法の下の平等に明らかに違反する重大欠陥特別措置法である事を主張する合理的根拠である。
(五)、本件控訴各決議の概要について
控訴人が本件控訴にて主張する決議の取消(一)、(二)、並びに清算人の報酬額について取消を求めている新設定款(三)の具体的内容は以下の通りであり、(一)、(二)、(三)の決議を総括して以下、「本件控訴各決議」という。
(一)、被控訴人会社の営業の全部を譲渡する旨の決議(以下、「本件営業譲渡決議」という。)。被控訴人会社の定款に次の条項を設ける。
(二)、被控訴人会社は被控訴人会社の営業の全部につき、これを譲渡する旨の契約を平成9年3月31日迄に締結した場合、その契約日を以って解散する(以下、この部分を「本件解散決議」という。)。
(三)、清算人の報酬額は、月額400万円以内とする。
[Ⅱ]
本件各決議が「著シク不当ナル決議」に該当する理由
第1審判決文二争点(原告)2及び3(12頁乃至14頁)の通り。
更に控訴人は本件控訴自体ではそもそも残余財産分配請求権等云々といった第1審判決文第三判断二(22頁)に記載されているような経済的地位など一切主張していない。従ってかかる理由も加味されて言渡された第1審判決についてはこの点からも不服であり断固として納得の出来ない判決である。
以上、
第1審判決における商法第247条1項3号にいう「特別の利害関係」の解釈はあまりにも狭義すぎる。
第1審判決における「特別の利害関係」の適用は控訴人を始めとする少数一般株主の持つ正当な権利の擁護について全く鑑みていない。
第1審判決は住専処理法といった憲法がその第14条第1項において規定している法の下の平等に明らかに違反した法律を前提として判断されている。
第1審判決における「著しく不当」についての解釈は控訴人が主張しているいくら一般少数株主とは言え最低限守られなければならない共益権、自益権といった株主に当然与えられた占有諸権よりもむしろ本件控訴とは全く関係が無いはずの経済的地位を基準に為されている。
第1審判決は即ち非常に狭義かつ偏った解釈に基づき、それらを適用し、かつ明らかに憲法に違反している住専処理法を合法的な法律といった前提に立って為した判決でありひいては著しく公平の原理を欠いた判決である。
よって
控訴人は
第1審の判決を取り消す。
本件控訴各決議を取り消す。
訴訟費用は第1、2審とも被控訴人会社の負担とする。
との判決を求める。
以上
平成9年6月27日
控訴人 久保田一三
東京高等裁判所 第16民事部 御中
●被控訴人側答弁書(平成9年10月28日付)
平成9年(ネ)第2951号株主総会決議取消請求控訴事件
答弁書
控訴人 久保田一三
被控訴人 日本住宅金融株式会社
平成9年10月28日
《住所略》
被控訴人訴訟代理人
弁護士 元木祐司
同 上野保
東京高等裁判所 第16民事部 御中
第一 控訴の趣旨に対する答弁
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 控訴の理由に対する答弁
一 控訴人は、平成8年6月27日開催の被控訴人(以下、「被控訴人会社」という。)の第25期定時株主総会(以下、「本件総会」という。)における被控訴人の営業の全部譲渡の決議(以下、「本件営業譲渡決議」という。)並びに被控訴人会社の解散事由及び清算人の報酬に関する定款の一部変更の決議(以下、「本件解散決議」という。)の各取消しを求めており、その理由として、被控訴人会社のいわゆる母体行が、右各決議につき商法247条1項3号にいう特別の利害関係を有する株主にあたり、その議決権の行使により決議された本件営業譲渡決議及び本件解散決議が著しく不当な決議にあたる旨を主張しているほか、種々の主張を行っているが、以下、被控訴人は、本件営業譲渡決議及び本件解散決議の各取消事由の有無に関係することに絞って被控訴人会社の主張を行うこととする。
二 特別の利害関係の有無について
1 そもそも、商法247条1項3号にいう「特別ノ利害関係」とは、原判決の判示のとおり、当該株主総会の決議内容について、株主としての資格を離れた個人的な利害関係(利益又は不利益を受ける関係)を有することであると解すべきところ、本件営業譲渡決議は、住宅金融専門会社(以下、「住専」という。)の破綻処理に関する閣議決定(平成7年12月19日閣議決定「住専処理問題の具体的な処理方策について」、以下、「住専処理スキーム」という。)に基づいて、債権処理会社に対して被控訴人会社の営業の全部を譲渡するという内容であり、かかる営業の全部譲渡によって母体行が株主としての資格を離れて利益又は不利益を受けるということはできない。
本件解散決議についても、原判決中の「事実及び理由」第二、一、3一記載のとおり、経営破綻の状態にあった被控訴人会社が、営業の全部を譲渡した後に解散することについて、母体行が株主としての資格を離れて利益又は不利益を受けるとはいえない。また、被控訴人会社と母体行の関係については、原判決中の「事実及び理由」第二、一2記載のとおりであるところ、母体行は被控訴人の再建のために融資等の支援をなすべき法的義務を負っていないのであるから、被控訴人が他の法的倒産手続を採らず本件解散決議により通常清算手続を選択したことによって、母体行が株主としての資格を離れて利益又は不利益を受けるとは認められない。
2 控訴人は、被控訴人会社の農林系金融機関に対する金利支払いの負担や母体行の農林系金融機関への肩代わり返済の必要性などに関して、被控訴人会社と母体行の利害関係が一致していたのであるから、母体行は被控訴人会社の「特別ノ利害関係ヲ有スル株主」(商法247条1項3号)にあたると主張している。
しかし、農林系金融機関に対する金利負担の減免を受けることができない状況のなかで、被控訴人会社が解散することが被控訴人会社にとって経済的に最も有利であることは、控訴人においても認めるところであり、被控訴人会社にとって経済的に最も有利であるということは、被控訴人会社の株主全体にとっても利益であることを意味するのであるから、母体行が株主としての資格と離れて利益又は不利益を受ける関係にあったとはいえない。
また、控訴人が主張する母体行の責任についても、既に述べたように母体行が被控訴人会社の再建のために融資等を行う法的義務はなく、かつ、被控訴人会社が農林系金融機関に対して負っている債務の肩代わり返済をすべき法的義務もないのであるから、母体行が本件営業譲渡決議及び本件解散決議により、法的義務を免れるといった利益を受けるものではない。
3 よって、本件営業譲渡決議及び本件解散決議のいずれについても、各決議がなされたことにより母体行が株主としての資格を離れて利益又は不利益を受けるとはいえず、母体行が右各決議の内容について「特別ノ利害関係」を有していたとはいえず、控訴人の主張には理由がないというべきである。
三 住専処理法について
控訴人は、特定住宅金融専門会社の債権債務の処理の促進等に関する特別措置法(以下、「住専処理法」という。)につき、同法が被控訴人会社を含めた住専、その母体行、及びそれらの役職員を過度に保護した法律であり、憲法14条1項に違反する旨主張する。
しかしながら、住専処理法は、「住宅金融専門会社が回収の困難となった多額の貸付債権等を有することから金融機関等からの多額の借入債務の返済に困窮している状況の下で、関係当事者によるこれらの債権債務の処理が極めて困難になっていることにより、我が国における金融の機能に対する内外の信頼が大きく低下するとともに信用秩序の維持に重大な支障が生じることとなることが懸念される事態にあることにかんがみ、住宅金融専門会社の債権債務の処理を促進する等のため、緊急の特例措置として、預金保険機構(以下「機構」という。)に、その業務の特例として、住宅金融専門会社から財産を譲り受けてその処理等を行う会社の設立をし、及び当該設立をされた会社に対して資金援助等をする業務を行わせるとともに、機構がその業務を行うために必要な国の財政上の措置等を講じることにより、信用秩序の維持と預金者等の保護を図り、もって国民経済の健全な発展に資すること」(1条)を目的として制定されたものであり、住専又はその母体行、それらの役職員を保護するものではない。
よって、住専処理法が、憲法14条1項に違反するものではないことは明かである。
四 決議の不当性について
控訴人は、本件営業譲渡決議及び本件解散決議が、母体行以外の少数の株式数を有する株主の正当な権利を奪うものであると主張する。
しかし、既に述べたように、本件総会時において被控訴人会社の経営は破綻しており、母体行が被控訴人会社に対して支援をすべき法的義務がないという状況において、被控訴人会社が再建を断念し、住専処理スキームに基づいて債権処理会社に営業の全部を譲渡したうえで解散することは何ら不当とはいえない。
被控訴人会社は、住専処理スキームに基づいた本件営業譲渡決議及び本件解散決議に従って、通常清算の方法により清算手続を遂行しているが、被控訴人会社の経営が破綻し、株主の残余財産分配請求権も期待できない状態であることに照らせば、被控訴人会社が通常清算手続を選択したことにより、破産又は特別清算を採った場合と比べて、株主の経済的地位に実質的に差が生じるものではないのであるから、母体行以外の株主が不当に不利益を受けるとは認められない。
よって、本件営業譲渡決議及び本件解散決議が著しく不当であるとの控訴人の主張には理由がない。
したがって、控訴人の本件営業譲渡決議及び本件解散決議の各取消しを求める主張には理由がないので、本件控訴は棄却されるべきである。
第三 甲号証の認否について
甲第36号証乃至第38号証、甲第40号証乃至第46号証の成立は認める。甲第39号証は不知。
以上